2006年06月23日
不思議空間コザ十字路
コザ十字路は不思議な街である。
昔は、黒人街と吉原が同居し、さらに、現在の農連市場の前身の朝市があった。
純沖縄島社会と異文化空間の混在する、緊張感漂う、異次元空間だった。
現在のゴヤよりもずっとコザ的だった。

ぼくらが高校生活を送った頃、ベトナム戦争があった。
街には黒人があふれ、かなり危険な雰囲気が漂っていた。
ある日、ブラックパンサ~の集会が照屋公民館であった。
マルコムxがコザに来るという噂が流れたりもした。
反人種差別運動への共感と、現実の黒人への反感とのはざまで
少年時代のぼくらは揺れ動いた。
そして現在、コザ十字路は、時間が止まっているかの様に見える。
だがこの街は、今新たな魅力に輝いてきつつある。
灯台もと暗しで、地元の人間はまったく気がついていないが、
あの迷宮のような路地空間、まさに不思議空間である。
これから、じょじょにその魅力をこのブログで伝えていきたいと思います。
昔は、黒人街と吉原が同居し、さらに、現在の農連市場の前身の朝市があった。
純沖縄島社会と異文化空間の混在する、緊張感漂う、異次元空間だった。
現在のゴヤよりもずっとコザ的だった。

ぼくらが高校生活を送った頃、ベトナム戦争があった。
街には黒人があふれ、かなり危険な雰囲気が漂っていた。
ある日、ブラックパンサ~の集会が照屋公民館であった。
マルコムxがコザに来るという噂が流れたりもした。
反人種差別運動への共感と、現実の黒人への反感とのはざまで
少年時代のぼくらは揺れ動いた。
そして現在、コザ十字路は、時間が止まっているかの様に見える。
だがこの街は、今新たな魅力に輝いてきつつある。
灯台もと暗しで、地元の人間はまったく気がついていないが、
あの迷宮のような路地空間、まさに不思議空間である。
これから、じょじょにその魅力をこのブログで伝えていきたいと思います。
2006年06月07日
スパークタウン・コザ

コザにこだわって何十年になるだろう。
ベトナム戦争、
コザ十字路の黒人街、
ブラックパンサー運動の沖縄上陸、
コザ暴動、そして復帰、730の交通変更。
いろんな歴史を見てきた。その中でコザ精神の核心とは何かをいつも考えていた。
なぜならば、コザの歴史は「チャンプルー」なんかではなく、まさに「スパーク」の連続であったから。
異なる文化が火花を散らして戦った歴史であった。
血を見た街…。
この街の国際交流は、血にまみれた歴史の中から生まれてきたものである。決して、生ぬるい、おべっかいっぱいの交流ではなかった。
コザが、他のどこの街とも違うのは、「違い」を認める視点が自然にはぐくまれてきたことではないだろうか。
コザは単なる「村落共同体」とは違う。極めてディープなインターナショナルシティーである。
この街の「奇跡」の歴史が多くの人を捉えて離さないのは、まさにこの点であろう。これこそ僕らが「コザ精神」、「コザ文化」と呼ぶものの根本であろう。
コザが大好きである。
世界中で一番この街が好きである!
