2009年06月30日
鎮魂の6月、そして宮森小学校・・・
沖縄の6月は鎮魂の月。
沖縄各地の声無き無数の慰霊塔、その前での慰霊祭。
もちろん、沖縄戦の犠牲者を悼むためのものです。
しかし今日30日のそれは、戦後、1959年の出来事の為のものです。
資料展の写真に写っている事故直後の惨状。
宮森小学校手前の集落に落ちた戦闘機は、そのまま多くの住宅をなぎ倒しながらバゥンドして学校へ。
硬い福木の木に守られていた校舎を一瞬の内に瓦礫と化してしまいました。
当時貧しかった沖縄、学校の校舎の中にはトタンぶきのものが数多く有りました。
その校舎は跡形もなく燃えてしまって、この写真には写っていません。
三つの教室が全焼、二つの教室が半焼。
また住宅17棟、公民館1棟も全焼、そして8棟が半焼という、稀にみる大惨事です。
燃え焦げている集落の様子。
米兵の姿が数多く見られます。
事故直後、石川集落に向かう道は、残らず交通止め。
親戚の安否を確認する為には、徒歩で往復しなくてはなりませんでした。
親父が親戚、知人の安否を確認するために石川に向かいました。
前年コザに引っ越した僕らの家族でしたが、実は石川には数多くの親戚がいました。
そして何より、戦闘機が落ちたのは、前の年まで僕ら家族が住んでいたすぐ裏の集落だったのです。
距離にして20メートルもあるかないかです。
運命の不思議さを感じました。
写真を出すのに躊躇しました。
事故で亡くなった同級生です。
しかし、50年の節目、記憶に残さなくてはなりません。
一緒に遊んだ日々の記憶は永遠に消えません。
男の同級生は彼一人だったのですが、その他にも女の同級生が二人亡くなりました。
そして、ひどい火傷の後遺症を負った同級生も何名かいます。
もし僕らの家族が前年コザに引っ越してなければ、僕と下の妹弟二人もどうなっていたか分かりません。
資料展会場で何十年ぶりかにあった同級生。
事故当時の惨状を改めて彼から聞きました。
実は、僕が宮森小学校を訪れるのは、本当に何十年ぶりかだったのです。
小学校の良い思い出もたくさん詰まった場所の筈ですが、何故か気が重く、足が向きませんでした。
会場で、同じ様な想いを持っている人と話しをする機会がありました。
彼は当時3年生、事故の時、給食のミルク当番だったそうです。
そして事故。
左足に深い傷を負いました。
多分意識を失ったのでしょう、その後の記憶が全くといっていいほど無いそうです。
そして彼も、50年という節目の日が来るまで、一度も宮森小学校に足を踏み入れる事が出来なかったそうです。
会場の入り口に、亡くなった17名の方の遺影があります。
しかし、半数近くの方の遺影がありません。
恐らく遺族の方から提供を拒まれたのだと思います。
そこに、50年という年月を経ても変わらない遺族の無念さが滲み出ているような気がして、真っ白い、名前だけの遺影に合掌です。
平和資料展は7月12日まで行われます。
50年という時間の長さと短さを、それぞれが感じる空間です。
ぜひ足をお運び下さい。
あらためて合掌・・・・・・
この記事へのトラックバックURL
http://yaoya.koza.in/t2522147
この記事へのトラックバック
昨夜はセルフバー『コザクラ』に集まっていたのが、『コザ漫遊国』の源河議長に古堅副議長、宮城社長、オタッキーさん、仲田青年部長、Kさんの閣僚が一同に会していたのですが、実...
コザ高校校歌の歌詞論争に決着!!【Mr.スティービーのKOZA薄笑ブログ♪】at 2009年07月27日 13:03
この記事へのコメント
東京で、ハーフセンチュリー宮森を支援する会」をしているものです。
6月13日、「フクギの雫」の石川公演を見に行きました。
その前に宮森小学校にも行き、なかよし地蔵にもお参りしました。
本日、このブログを発見。貴重なお話をありがとうございました。
東京でも、小学校3年の時に事故に遭った女性がいらっしゃいました。
宮森小事件では、いまだに多くの方々が悲しみ・苦しみを引きずっていることを知りました。忘れてはならない、伝えていきたいと思います。
今、牛島貞満さんによる宮森小事件の公開授業を展開しています。
ではまた。時々ブログを拝見させていただきます。
6月13日、「フクギの雫」の石川公演を見に行きました。
その前に宮森小学校にも行き、なかよし地蔵にもお参りしました。
本日、このブログを発見。貴重なお話をありがとうございました。
東京でも、小学校3年の時に事故に遭った女性がいらっしゃいました。
宮森小事件では、いまだに多くの方々が悲しみ・苦しみを引きずっていることを知りました。忘れてはならない、伝えていきたいと思います。
今、牛島貞満さんによる宮森小事件の公開授業を展開しています。
ではまた。時々ブログを拝見させていただきます。
Posted by 加藤賀津子 at 2009年07月23日 10:12
