2009年11月12日
単なる商店街から交流街へ
先客万来の銀天街、土曜日の交流サロンにまた新しい人が・・・
右側の二人、確か自転車で日本各地を旅している若者、いや大学生だったかな。
何しろ、その後飲みに連れて行ったのは良いのですが、名前を覚えていません。
一期一会の出会いでした。
左の方が北川君。
何と彼は修士論文のテーマをコザにしているようです。
専門は都市デザインのようです。
194センチの長身は、いやでも銀天街で目立ちます。
来週の火曜日まで銀天街に滞在するようです。
どのような論文に仕上がるのか楽しみです。
そしてこれは、先週の「コザクラ」での県内大学生の集まり。
「琉九祭」のメンバーです。
コザとの初めての出会いとなるイベントを控えて皆張り切っています。
中心市街地に今欠けているものといえば、やっぱり若者の姿でしょうか。
復帰直後、コザから大学が無くなってしまいました。
無くなって初めて気が付く、知の集積の大事さ、そして何よりも若者の姿が溢れているということの素晴らしさ。
今ではコザの人間はそのことを忘れてしまっていると思います。
しかし今回、県内9大学の学生がコザに集まってくれています。
若い力と斬新な発想で何をやってくれるか、期待と嬉しさで一杯です。
中心市街地の担い手は、過去、当然商店街が中心でした。
その時というのは、当たり前に病院、銀行、そして、行政機能も集積していました。
もちろん、小学校も廃校寸前どころか子供で溢れていました。
今で言うコンパクトシティー。
中心市街地には、生活に必要なあらゆるものが全て揃っていました。
ところが今や、その機能も風前のともし火です。
コザの場合、近いうちに警察署も移転の動きがあり、最早、中心市街地の公的な機能の喪失は避けて通れません。
当然、昔、中心市街地が担っていたコミュニティー機能もズタズタです。
その様なご時世の街づくり、一体全体、その責任の重さを誰が担うのでしょうか。
新しい発想が強く求められます。
そういう中、若い人たちが全国各地、或いは県内各地から集まってくれているという事の凄さ。
それをコザは大事にしなくてはいけません。
単機能の「単なる商店街」という発想から、「生活街」、そして「交流街」へと中心市街地が変貌を遂げていくこと、そこに今後の可能性が秘められているような気がします。
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